ミツバチとは関係のないお話なんですけど聞いてくれますか?
明るいグレーの子はモタ5歳オス、暗いグレーの子は漱石5歳メスです。この2羽のウサギはボナとピョンチーと言う父と母から生まれ、我が庭で放し飼いをして来ました。庭の奥に広がる篠の林の中に穴を掘って住み、日中は庭に出て来てくつろいだり草を食んだりして仲良く暮らして来ました。
先月の終わり頃、漱石が突然姿を消してしまいました。そして1週間ほど前からはモタの姿が見えません。おそらくもうこの世にはいないと思います。2人の兄弟は静かにいなくなりました。その原因は判っています。
漱石がいなくなる3日ほど前、とても驚く出来事がありました。なんとキツネがこの庭に現れたんです。ニワトリが大騒ぎをしていたので、また野犬かオオタカの襲撃か!と私は庭に走り出たのですが、老齢の雄鶏のえびちゃんがまさに襲われているところで、最初は犬かと思ったのですが、それは明らかに犬とは違う四つ足動物でした。尻尾が重力に逆らって水平にふんわりフサフサと伸び、私と目が合うと悔しそうに身を翻して森の中に消えて行きました。えびちゃんは腰を抜かしてしまいましたが怪我もなく無事でホッとしました。
私は生まれて初めてキツネを見ました。本当にキツネ色をしていて、身のこなしが実にしなやかでエレガントでした。幻のような感じがして、キツネに化かされた昔の人の気持ちが解った気がしました。その3日後から漱石が出てこないことを心配していたのですが、モタまで見えなくなったことで、その犯人がキツネであることを確信したのです。
ここまでのお話だったら、佐倉の豊かな自然の中で放し飼いのペットが被害を受けたで終わるのですが、実は続きと言いますか、過去に遡って話を戻す必要があります。ここから北西に10キロほどのところに、北総公団線の印西牧の原という駅があって、ジョイフルホンダというホームセンターの裏手に「奇跡の原っぱ」と呼ばれる広大な原野がつい最近まで存在していました。
もう50年近く昔に山林を切り開いて北総公団鉄道が引かれ、大規模な土地開発が行われたのですがその計画が思うように進まず、森を切り開いたは良いものの雑草が伸び放題の原野のようになっていたのですが、定期的に役所が草刈りをして原の状態を40年以上維持して来たところ、その環境は古代から続く日本の原風景、昔の生態系がそこだけ復活していました。古来から営まれて来た住環境、茅葺き屋根の原料として必要不可欠であったススキ野の風景。浪人、三船敏郎が闊歩する原野の風景です。茅葺き屋根を葺き直すには大量のススキ、つまり広大なススキ野が必要で、刈ってはまた再び繁茂し、それを繰り返すことは日本の住を支えるために必要なメンテナンスでした。都市計画が頓挫し、税金で定期的に草刈りを40年も続けて来た原っぱには野ネズミやウサギが繁殖し、それを狙うキツネがかろうじて生き残った場所、奇跡的に昔の日本の原風景が再生された場所、それを「奇跡の原っぱ」と呼ぶようになったのです。それが最近になってにわかに開発が再開し、反対運動も虚しく、完璧に消えて無くなってしまいました。
http://www.nacsj.or.jp/archive/2014/01/2106/
そこから逃げて来たのです。楽園だった奇跡の原っぱから避難して来たキツネの一家がたどり着いたのが私の庭でした。私はすぐさま千葉県生物多様性センターという県の機関にキツネの目撃情報を報告しました。スタッフの方は泣きそうな声でキツネの情報を喜んでいました。今やホンドギツネ(アカギツネ)は千葉県の絶滅危惧種Ⅰ類に指定されています。漱石とモタがいなくなってしまったことはとても悲しく、守ってやれなかったことが悔やまれて、申し訳なかったと思いますが、キツネの置かれた厳しい状況を考えるとやりきれない思いです。ウサギの次はニワトリです。庭で楽しそうに毎日遊んでいるニワトリたちをどうやって守るか。同時に、キツネの家族はこれからどこを彷徨うのか。考えても考えても答えは出ません。