*2022年7月6日 日経新聞記事より転載
新型コロナウイルス禍による健康志向の高まりで需要が拡大したハチミツ。近年は価格も上昇傾向だ。天候不順などでハチの活動量が低下しているとされ、世界的に採蜜量が減少している。ハチは作物の受粉にも欠かせない存在だけに、ハチミツだけでなくその影響は農業にも広がっている。
財務省の貿易統計によると、「天然はちみつ」の1~5月の平均輸入価格は1キログラムあたり433円。2021年通年の価格と比べて1割ほど高く、新型コロナウイルス禍前の19年からの値上がり率は2割に達する。22年1~5月の輸入量は前年同期比7.6%減少した。日本で消費されるハチミツの9割が輸入品だ。
全国のスーパー約470店の販売データを集めた日経POS(販売時点情報管理)情報によると店頭価格も上昇している。「日新 純粋アルゼンチン&カナダ産はちみつ 720グラム」は22年1~6月の平均価格は前年同期比7.2%上昇。「美蜂園 サクラ印 純粋ハチミツ500グラム」は1.3%高い。
「ここ何年かはどこかしらの生産国で天候不順や異常気象などの影響で不作になっている」。輸入ハチミツの国内取扱量の2割近くを扱う、住商フーズの担当者は話す。開花の時期の天候次第で、ハチが飛ばなかったり、花が蜜を出さなかったりして、採取できるハチミツの量は減少する。カナダ産が高温や干ばつで減産となったほか、東欧産は開花時期の多雨によって不作だった。
一方、コロナ禍をきっかけに世界各国で健康への関心が高まり、ハチミツの需要は急増している。ここ数年、注目が集まっていたのが価格が手ごろなウクライナ産だ。日本でも20年に270トンほどだった輸入量は21年に3.5倍となった。だが、ロシアによるウクライナ侵攻を背景に「ウクライナ産の輸入が大幅に減少するとみられる」(住商フーズ)。
養蜂大手の山田養蜂場(岡山県鏡野町)は今年1月、カナダ産やルーマニア産などの値上げに踏み切った。「米国での記録的なハリケーンや欧州での大洪水など、地球規模での気象変動がハチミツにも大きな影響を与えている」(山田養蜂場)という。
国産のハチミツも例外ではない。採蜜量の減少などを理由にした値上げの動きが相次いでいる。ある養蜂場の担当者は「ハチミツのとれる量が少なくなり、品切れが続いている。中には3割近く値上げした商品もある」と話す。
ハチが十分に活動しないことの影響は、ハチミツの値上がりにとどまらない。
大粒で濃厚な甘さが特徴の秋田県湯沢市三関地区特産のサクランボ。天候不順の影響で今年の収穫量は平年のおよそ3割という。「4月下旬の開花の時期に、長期の低温や降雪、霜などが重なった。授粉するハチが飛ばなかった」とJAこまち(秋田県湯沢市)の担当者は話す。
養蜂家が高齢化しており、育てるハチの数が減ることを危惧する声もある。JA紀州(和歌山県御坊市)によると、スイカの生産者のおよそ3割が交配用のハチを購入して授粉をしているという。生産がハチの活動に左右されるだけでなく、今後ハチの数が減少すれば費用の上昇や交配用のハチ不足といった状況が起こりかねない。
人の手で交配する人工授粉は確実な半面、手間も時間もかかる。交配用のハチが不足すれば高齢化が進む農家にとっては痛手だ。「仮に人工授粉だけということになればこれまでの生産量を維持するのは難しく、作物の出荷量に影響が出かねない」(JA紀州)
ハチの手も借りたい生産者。一方、養蜂家も同じく高齢化という課題をかかえる。ミツバチがつなぐ実りはハチミツだけでなく、他の作物にも大きな意味を持つ。ハチミツ値上がりの陰に作物の未来に向けて越えなくてはならないハードルがある。